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アートボーンは専属タレントとしてプロコーラスをかかえていたので、まずはその伴奏が仕事だ。指揮がないので、自分がイントロ出のタイミングを任されるし、テンポも覚えておかねばならないし、複数歌手が迷わず同時に歌い始めるように明確にリードして・・・等々初めての事だらけだ。出来栄えは覚えていない (覚えていたら今頃やっていられない) 。
でもプロ用の譜面（手書き写譜で音部記号・調号などの省略が多い）は、初めて見るのになぜか見やすくて、すぐに気に入った。
アートボーンには録音スタジオがあって、そこではCM録音などを沢山やっていた。短いCMなど5つくらい和音を弾いただけでギャラが出るので「こんな演奏でお金は要りません」と言った事もある(今は絶対言わない)。ピアノカラオケを一人で4コーラス弾く事の難しさ(クリックのない時代)、ピアノ弦のすぐ近くにマイクがある時の弾き方、ヘッドフォンで聴く音だけを頼りにする事・・・すべての第1歩がここからだった。
編曲(コピーアレンジの類)も命じられた。初めて自分の目の前で自分の編曲が録音されたのは「Dancing Queen」という曲で本当にドキドキした。ピアニストが二段譜でびっしり書いたピアノ譜に文句を言い、トランペッターが高音すぎると文句を言い、私は「なんて文句の多いバンドか」と思った。(スンマセンでした)
やがて大学卒業を迎えるが、首席で卒業したおかげでいろいろなコンサートに出演できた。
京響コンチェルトの夕べ |
関西新人演奏会の当日は、歯で骨髄骨膜炎を起こしていて阪大歯学部に即入院と言われながら弾いたが、幼い頃習った梅本先生が来て下さって「耳は全然聞こえないけれど貴女のフォームを見ていると素晴らしい音楽がわかる」と言われ、薬で意識朦朧としながら感涙。
京都市交響楽団とのピアノ協奏曲コンサートでは、前日リハーサルに行ったら著名指揮者T氏にいじめられ悔涙(励まして下さったコンサートマスター氏に心から感謝)。
今思うと責任も恥も感じる余裕すらなく、出れる所には出てしまったという日々である。
大学には研究科(大学院の前身)という制度があり、5年目の大学生活を送ることになる。
研究科の修了演奏会が間近なある日、「修了演奏会が済んだら毎日来れるか？」とアートボーンの片岡社長。「ピアノの仕事が毎日も！」とはりきって通い始めるがピアノを弾く用事はなく、毎日いろいろな所へ社長と一緒に出かけて、夜はお酒をご馳走になり「じゃ明日も10時にね」という生活だった。たまにピアノを弾いてもギャラがもらえないのはご馳走になっているせいだと思っていたある日、「今月分」というお金をもらった。
世間知らずの女子大生は、家へ帰って「就職するなら相談してほしかった」と両親に言われて初めて自分の就職を知ったのである。
金のブレスレットをして輸入タバコをふかすプロダクション界の人々(当時普通の男性はそうではなかった)、「おはようございます」で始まるプロのミュージシャン･歌手･ナレーターの仕事ぶりを興味深くウォッチング。生まれて初めて演歌の歌謡ショーなどにも行くが、芸能人には興味がなく(これは仕事への適性と言えるだろう)、ウラ方に好奇心全開。音響･照明･美術すべてのスタッフ、バンドさん･マネージャーさん達に質問魔の日々だった。
それから年月は随分たったけれど、
あいかわらずスタッフに質問ばかりしている。
あいかわらず編曲した譜をミュージシャンに配る時はドキドキする。
あいかわらずかっこいい和音を探している。
だいたいこの仕事は「慣れる」ということがないのだ。
すべての現場は独自の事情を持ち、
すべての人はその時々に応じた発想をし、
すべての音楽は演奏されるたびに新しい。
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